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旅行の楽しみの一つ、食事。それがどんなものかわからないと、不安なもの。
阪急交通社ではツアーでの食事の様子を添乗員自ら、ブログでお届けします。

フレンドツアー関東発 2023年11月7日出発 優雅なインド ゴールデントライアングルと神秘のベナレス8日間(コース番号:FE851)

2023年11月20日

優雅なインド ゴールデントライアングルと神秘のベナレス8日間のツアーにご参加いただきありがとうございました。
この10年で大きく変わったインド。相変わらずの喧騒の中ではありましたが少しづづ町もきれいになってきているのが垣間見えました。

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初日の夜はヴィバンタニューデリードゥワルカホテルで早速カレーなどを中心としたブッフェのご夕食。


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2日目のお昼食はShree Shivayにてターリー料理です。 ガイドのギリさんがお食事前の手洗いのデモンストレーション。
カレーは現地の方々は手で食べるのでまずはきれいに手を洗います。


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なすカレー、カッテージチーズカレー、ジャガイモカレー、ヨーグルトカレー、豆カレー、チャツネやピクルス、甘いチーズココナッツ団子など色々な
食べ物がトレイにきれいの並べられて行きました。
お食事の後にはお口の中をさっぱりとさせるクミンなどのハーブと氷砂糖を一緒に頬張ります。


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ダメークストューパ(仏塔)

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お釈迦様が最初の説法をした場所と言われるサルナートにあるムラガンダクティビハール
日本人画家野生司香雪が釈迦の誕生から入滅まで描いた壁画で飾れていました。




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インドの激しい交通事情は健在です!!


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聖なる河ガンガー ガンジス川へ
聖なる場所にて火葬も行われます。


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ガンジス川のほとりでは毎夜、盛大な礼拝が行われています。
現地では、「プージャ」と呼ばれヒンドゥー教の伝統的な神への礼拝の一つです。
燭台に火を灯し、音楽が奏でられながら、礼拝僧(バラモン)がお祈りを捧げます。


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ホテルに戻りタンドリー料理のご夕食。


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雰囲気のあるラディソンベナレスホテルのロビー。


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ベナレスの旧市街 珍しくキリスト教会がありました。
早朝の街並みは幻想的でした。

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インド人にはなくてはならないスパイスが効いた甘いチャイ。


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ガンジス川は現地では「ガンガー」と呼ばれています。ヒンドゥー教徒にとって最大の聖地とされて「すべての罪を浄化する」というガンジス川で沐浴することは、
ヒンドゥー教徒にとって一生に一度は行いたい宗教行事です。


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朝日が美しいガンジス川とカンガーガート。





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ヴィシュワナート寺院 ゴールデンテンプルはもとの建物はムガール朝時代に破壊され、18世紀に現在の姿に再建されました。
屋根と尖塔に金が使われているためゴールデンテンプルと呼ばれています。
ヒンドゥー教徒でない私達が外側から眺めました。


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インドの猿神ハヌマーンは孫悟空のモデルになったと言われてます。


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ホテルに戻りご朝食。
中にジャガイモが入ったインド風クレープ マサラドーサは日本人のお口にも合う朝食メニュー。


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ご昼食はインド風焼き飯ビリヤニ。優しい味付けでした。

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3日目のご夕食は宿泊ホテルルメリディアンにてインド風中華料理。
ホッとするメニューでした。

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甘いパン,カレー、お野菜、果物と色とりどりの朝食ブッフェでした。



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インドソケイが美しく咲いていました。


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4日目アグラでのご昼食はMasalaBistroにて
チキンティカ、野菜のコロッケ、チキンカレー、豆カレー、カッテージチーズほうれん草カレー ナンもプレーン、ガーリックとありました。


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インド北部を流れるヤムナー川。その西岸に建つアグラ城は16世紀からの約300年間、隆盛を極めたムガル帝国の歴代皇帝が君臨した居城。第3代皇帝アクバルがデリーから遷都し築いたアグラ城は、この地方で産出する赤砂岩を用いて造られているため「赤い城」と呼ばれています。また、赤い色は皇帝の強大な権力の象徴でもありました。

65年、アグラ城の建設に着工した「アクバル帝」は、イスラム王朝でありながらヒンドゥー教徒の妃をめとり、他宗教との融和をはかりました。嫡子のために城内に建てたジャハーンギール宮殿は、左右対称のファサード上部の両端にチャトリを戴き、柱や梁に木彫のようなレリーフを施すなど、イスラムとヒンドゥー建築の融合が見られます。城内の多くの建物が純白なのは、孫の第5代皇帝「シャー・ジャハーン」によるもの。タージ・マハルを建てたことでも知られる皇帝は、公謁殿(一般謁見の間)、モティ・マスジド(真珠のモスク)、皇帝の寝殿など、白大理石に貴石の象嵌を施した優美な建物を次々に建て、アグラ城を優美に変身させたのです。さらにその息子の第6代皇帝「アウラングゼーブ」は、高さ20mもの城壁を周囲約2.5kmに渡って巡らせ、堅固な城塞としてのアグラ城を完成させました。

皇帝が代わるたびに増改築や補強が重ねられたアグラ城。赤と白の対極的な色彩で構成される強大にして華麗な城塞に、権勢を欲しいままにした歴代ムガル皇帝の姿がありありと浮かびます。



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アグラ城のテラスから見た対岸のタージマハル。



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ジェイピーパラスのエントランスと中庭。 中庭には孔雀もいました。


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インド旅行のメイン、タージマハルへ



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インド北部アグラにある総大理石造りの霊廟。ムガール帝国5代皇帝シャー・ジャハーン(1592〜1666)は妃ムムターズ・マハルに並々ならぬ愛情を注ぎ、かたときも側を離れることはなく戦場にさえ伴うほどでした。しかし、幸福な日々は長くは続かず、妃は14番目の子供を出産した後この世を去ります。王は深く嘆き悲しみ、愛する妻の記憶を永遠に留めるために霊廟の建設に没頭。22年の歳月と一日2万人の労働力をかけて造営したのが、世にも壮大なこの“愛の記念碑”です。

赤砂岩の南門をくぐると、広大な正方形の四分庭園があり、その向こうに4本のミナレットを従えたドーム屋根の廟堂が気高く聳えています。大理石の壁には華麗なレリーフが刻まれ、世界各地から取り寄せた28種類もの宝石・鉱石がはめ込まれています。その偉容と美しさは「天上の7つの楽園をも凌ぐ」といわれるほどです。

王はヤムナー河の対岸に黒大理石を基調とした自らの墓廟を造る計画でしたが、もはや国庫は底をついていました。晩年は息子のアウラングゼーブ帝によりアグラ城に幽閉され、部屋の窓から妻の廟を眺めて暮らしたという逸話が涙をそそります。




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世紀、世継ぎに恵まれなかったムガル帝国第3代皇帝アクバルが、アグラ近郊に住むイスラムの聖者の予言によって男児(4代ジャハーン・ギール)を授かり、その恩に報いこの地に遷都します。約5年の歳月をかけ3km✕1.5kmの城壁で囲まれた壮大な都が建設され、ファテープル(勝利の都)と名付けられました。

アクバル帝は急死した2代フマユーン帝の跡を継ぎ、軍事・行政制度を改革。インド史上最大の帝国の礎を築き、拡大した領土の安定統治のため異教徒との融和を進めた英雄です。「宮廷地区」の巨大な柱の上に玉座を据えたディワーネ・カース(貴賓謁見の間)が絶大な権力を窺わせる一方、木造建築のような5層の宮殿パンチ・マハルなど、イスラム建築にインド伝統の建築様式を取り入れたムガル建築と呼ばれる建築群に、アクバル帝の思想がよく表れています。「モスク地区」に残るムガル建築の傑作とされる赤砂岩と白大理石造りの巨大なブランド門、インド最大級のモスクといわれるジャマー・マスジットの回廊の柱や庇などにも、ヒンドゥー建築の影響が見られます。

イスラムとヒンドゥーの文化が融和した、アクバル帝の理想郷ともいえる都も、地の利の悪さからわずか14年で放棄されます。しかし、それが幸いし建築群は戦乱をまぬかれました。世継ぎの誕生を予言した聖者を祀るサリーム・チシュティー廟は子宝に恵まれる聖地とされ、今も多くの巡礼者が訪れます。





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GanpatiResortにてご昼食
カレー続きのためやきそばや野菜炒めなども一緒に。 揚げたての上げ菓子ジャレビは美味でした。


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インド最大といわれるチャンド・バオリや世界遺産パタンなど幾何学模様が美しいインドの階段井戸です。
ラーニー・キ・ヴァーヴは生活に必要な水を管理するための場所であると共に、水の神聖性を高める寺院としての機能も持ち合わせていました。
そのため階段井戸内には非常に繊細な彫刻が数多く施されています。シヴァ神やガネーシャ神などインドの信仰に欠かせない神々の姿が建築当時の姿で残っています。

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向いにある地元のお寺。

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インドには野良牛がたくさんいます(笑)ちゃんと飼い主がいるそうですが放し飼いです。


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ショウガが効いたローカルのチャイ屋さん

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ジャイプールマリオットホテルは使い勝手の良いホテルでした。
中庭も素敵です。



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ホテルでのブッフェディナー 実演メニューの豊富でした。


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ジャイプルのシンボル的な宮殿。この街を治めていたラージプートの王サワーイー・プラタープ・スィンによって1799年に建てらました。  シティパレスの一部で、建物はピンク色をした5階建てで、953の小窓が通りに面しているのは 、イスラムの影響を受け外を歩くことができなかった宮廷の女性達がこの小窓から街の様子を見ることができるように作られました。


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シティパレスの前にも野良牛が!!!


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今も藩王の子孫が住むシティ・パレスは一部は博物館として公開され、黄金や宝石をちりばめた剣など、藩王の威光を伝えています。メインストリートに面して建つ風の宮殿には、透かし彫りが施された無数の格子窓があり、風が吹き抜けると快い音をたてると言われています。夫以外に顔を見せられない王妃や後宮の女性が、ひそやかに町の喧噪を眺めいていたというエピソードが艶めかしくもあります。


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インドの北部、デリーの南西の地を治めていたジャイ・スィン2世によって建設された街ジャイプール。現実主義者で政治力もあった彼は、強大なムガル帝国の保護下に入ることで生き延びる道を選び、ジャイプールを繁栄に導きました。この街に2010年、世界遺産に登録されたジャンタル・マンタルはあります。

ジャイ・スィン2世は天文学にも造詣が深く、ヨーロッパやペルシャから膨大な書物を集め、天文学の粋を結集して、1728年から居城であるシティパレスの隣に天文台を建設します。ジャンタル・マンタルには、サンスクリット語で「魔法の仕掛け」という意味があります。約20の天体観測儀が一見オブジェのように並び、摩訶不思議な光景が広がります。最も目を引くのは高さ27.4mもあるサムラート・ヤントラで、これは2秒単位で時間を計測でき、子午線、天頂距離も測れる観測儀です。20秒単位で時間を測れる小型のラグ・サムラート・ヤントラもありますが、ジャイ・スィン2世は大きいほど正確な数値が得られると信じていたようです。また、ジャイ・スィン2世が発明したラーシ・ヴァラヤ・ヤントラは、それぞれが12の星座を向いた観測儀で、占星家に利用されました。

天文への飽くなき探究心と持てる英知を傾けて建設したジャンタル・マンタルは、現役施設として、280年以上経った今でも利用されています。市民からも愛されたマハラジャ、ジャイ・スィン2世の情熱は今に息づいているようです。



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対岸から見た美しいアンベール城



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アンベール城内にある予約が取りづらいレストラン『1135AD』にてご昼食
内装が美しいレストランでした。


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万里の長城のようなラジャスタン城塞

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広大な砂漠地帯が広がるインド北西部のラジャスタン州。ここには8世紀からヒンドゥー教を信奉するラージプート族が住み、ペルシャ、トルコなど各国の文化を取り入れ独自の文化を築いていました。また、種々の民族が行き交う要衝であったため、丘陵地帯に強固な城砦を築き異民族の侵入に備えました。その時代に築かれたチッタウルガル、クンバルガー、ランタンボール、ガグロン、アンバー(アンベール)、ジャイサルメールの6つの城砦が2013年、「ラジャスタンの丘陵城砦群」として世界文化遺産に登録されました。

なかでも、ラージプート族のマハラジャが16世紀に築城したアンベール城は都市機能も備え、ジャイプルに遷都するまで150年間増改築が重ねられ、都として繁栄しました。丘の上に堅固な城壁に囲まれて建つ質実剛健な外観に比べ、城内はイスラム様式の影響を強く受けたラジャスタン特有の優美なスタイルで造られています。壁面に精緻な幾何学模様のモザイクが施され、世界で最も美しいと言われる、象頭の神ガネーシャが描かれたガネーシャ門をくぐると、左手に貴賓謁見のための勝利の間があり、その奥には天井や壁一面に小さな鏡を散りばめた鏡の間があります。


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ジャイプールマリオットでのお夕食はセットメニューとブッフェとお好きはコースでお召し上がりいただきました。

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最後のカレーのお食事は朝食ブッフェにて。



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最終日にご昼食はイタリアンレストラン「AmourBistro」にて お久しぶりのビーフメニューでした。
(インドでは牛は神聖な生き物のため)


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デリー中心地にあるインド門。



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ニューデリーの南郊外約15kmに位置するインド最古のイスラーム遺跡群。1192年、後に奴隷王朝を打ち立てるクトゥブ・ウッディーン・アイバクが、北インドを制圧した記念に建立したのがクトゥブ・ミナールです。本来は礼拝の時を知らせるためのものですが、国内のヒンドゥー教徒たちに対するイスラームの勢力誇示という意味合いが強かったようです。

見上げるクトゥブ・ミナールの高さは約72.5m。5層からなる塔の壁には、コーランの章句やアラベスクが刻まれ、辺りを払うほどの気品と威厳を漂わせています。その傍らに立つのが、クワットゥル・イスラーム・モスク。破壊したヒンドゥー寺院の石材を再利用したため、偶像崇拝を認めないイスラームにありながら、回廊の列柱に女神像が残るという不思議。赤砂岩の塔やモスクは夕陽を浴びてさらに美しく輝きます。

モスクの中庭にそびえるチャンドラヴァルマンの鉄柱。4世紀に鍛造された高さ約7.2mの鉄柱ですが、雨ざらしにもかかわらずほとんど錆びていないのは、100%に近い高い純度の成せる業。柱を背に腕をまわして、両手が組めたら幸せになれるという言い伝えも。現在は柵があるため、直接触ることはできません。また、均整のとれた美しい門アライ・ダルワーザ、壁を覆うレリーフ彫刻が見事なイレトゥミシュ廟、未完成のアラーイ・ミナールなど、見どころが目白押しです。


この10年でインドもずいぶんと変わったとガイドさんも言っていましたが、どなたもお腹を壊すことなくお元気にご旅行していただけました。
今回は北インドを周るツアーでしたが、南インドもまた違った魅力のあるエリアです。
次回はぜひ南インド旅行もご検討ください!



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