2018年2月19日出発 <ターキッシュエアラインズ利用>5つ星ナイル川クルーズ船「アマルコ2」で行く 優雅なエジプト10日
※当レポートは現在募集中のツアーと内容が異なる場合がございます。
2018年2月19日出発ツアー添乗員レポート
- ※当レポートは現在募集中のツアーと内容が異なる場合がございます。
- 添乗員/荻野昭博(おぎのあきひろ)
- 1日目
- 2月19日
- 夜、トルコ航空53便でトルコのイスタンブールへ。 エジプトというとピラミッド、スフィンクスと最初に浮かびますが、これから旅するエジプトにもう少し触れてみましょう。 エジプトは中東・アフリカの共和国。首都はカイロ。西にリビア、南にスーダン、北東にイスラエルと隣接し、北は地中海、東は紅海に面しています。国土の大部分が砂漠で、また南北にはナイル川が流れ、その河口の東に地中海と紅海を結ぶスエズ運河もあります。 歴史は遡ること紀元前3000年頃には早くも中央集権国家を形成し、ピラミッドや王家の谷、ヒエログリフなどを通じて高度な古代エジプト文明を発達させました。 近代では1981年から約30年に渡り独裁体制が続いていましたが、2011年のエジプト革命で独裁政権が倒れその後しばらく政情不安定な時期が続きましたが、最近はやっと穏やかな日常になりました。 こ~んな国エジプトの旅がこれからスタートです!!
- 成田空港にて
- 成田空港より乗り継ぎ地であるイスタンブールへ出発です
- 2日目
- 2月20日
- 3時30分頃にイスタンブールに到着。その後、早朝航空機を乗り継ぎエジプトの首都カイロへ到着。 この街カイロは、ナイル川下流河畔の交通の要衝として、中世に建設されてより現在にいたるまで長い時代を通じ、イスラム世界の学術・文化・経済の中心都市であり続けました。カイロの都市圏の人口は1800万人を超え年々増加しています。それに伴い政府はカイロと紅海の間に米ニューヨークのマンハッタンのおよそ12倍の面積の新しい行政の首都の建設を計画しています。 さてカイロではエジプト考古学博物館を訪れました。ここは、1858年にエジプト考古局の初代長官就任したフランス人考古学者、オギュスト・マリオットにより国外への流出が激しかった出土品の管理をするために造られた場所が起源になり、そして1902年に現在の建物へと移りました。 館内では、歴代のファラオ達の彫像や石碑、お墓に入れた副葬品、沢山のミイラなどを見学しました。中でも、11キロの純金で構成されるツタンカーメン王の黄金のマスクはとても印象的でしたネ!
- エジプト考古学博物館のミイラ
- ツタンカーメン発見の部屋
- 3日目
- 2月21日
- 朝、首都カイロから古代より交易都市として栄ていたアスワンへ向かいました。ナイルエアーという飛行機に乗っての短い国内線の旅でした。 到着後、ナイル川の氾濫防止と灌漑用水の確保のためにソ連の支援を受けて国家事業として建築した、高さ111m、全長3,600mの巨大なアスワン・ハイ・ダムを見学しました。その景色はとても雄大でした。 その後、さらにバスを走らせ、スーダンとの国境まで約50kmに位置するアブ・シンベルへ。アブシンベルは、アスワン・ハイダムによって造られた人工湖・ナセル湖湖畔にある街です。 私たちはアブシンベルのホテルに到着後、ナセル湖遊覧を楽しみました。ナスル湖の名称は、アスワン・ハイ・ダムプロジェクトを支持したガマール・アブドゥル=ナーセル大統領にちなんで名づけられました。ナセル湖は、ナイル川を堰き止めるアスワン・ハイ・ダム建設工事の結果として生まれた湖です。クルーズの船の中からはアブシンベル神殿も望みましたネ。 この日の夜はプロジェクションマッピングを使って行われる、アブシンベル神殿の音と光のショーを楽しみました。
- アスワンハイダム
- アルシンベル[音と光のショー]
- 4日目
- 2月22日
- 深夜1時30分出発で希望される方と、アブシンベル神殿の「光の奇跡」の鑑賞に出発しました。この日はアブシンベルにとって年に2回の大切な日で、神殿の奥まで朝日の光が届きそこにある石像が明るく照らされます。ラムセス2世が生まれた日(2月22日)と、王様に即位した日(10月22日)にこの現象が起こるとされていますが、とうやらそのような歴史的記録は存在せず、王の誕生日と即位日とされているのは広く知られた俗説であるようです?!「光の奇跡」に行かれた方は深夜から朝の6時00分頃まで頑張りましたネ! 早朝はアブシンベルでの日の出を全ての皆さまおもいおもい鑑賞していただき、その後アブシンベル神殿の見学をしました。 さて、この現在のアブシンベル神殿ですが元々は違う場所にありました。 1960年代、ナイル川のアスワン・ハイ・ダムの建設計画により水没の危機にありましたが、ユネスコ主導によって国際的な救済活動が行われます。1964年から1968年の間に、正確に分割切断されて、約60m上方、ナイル川から210m離れた現在の場所に、コンクーリート製のドームを基盤とする形で移築されました。 アブシンベルの見学後はバスでアスワンへ戻りました。途中、長さ42m、重さ1168トンと推定される、切りかけのオベリスクを見学しました。 この日の宿泊は、アガサ・クリスティが『ナイルに死す』を執筆したことで有名な名門ホテル「オールド・カタラクト」でした。ナイル川の見えるロイヤルテラスでのティータイムや、吹き抜けのドーム状の天井やアラブ模様が美しかったディナーレストラン「1902」での夕食はとても印象的でしたネ!
- アブシンベル神殿での日の出
- オールドカタラクト、アガサ・クリスティーの部屋
- 5日目
- 2月23日
- この日は、午前にフィラエ島へ。この島は、古代エジプトでは聖なる島とされていました。当時の神話では、この島はオシリス神の島であり、イシス神がホルス神を生んだ島でもありました。島内には、古代エジプト末期王朝時代からローマ支配時代に様々な神殿が建てられました。そして、中でも最も重要な建物はイシス神殿です迫力のある塔門、沢山の神々のレリーフはとても美しかったですネ。 午後は、紅海やマルタ近海を含む地中海東部で使用される伝統的な木造の帆船、ファルーカでナイル川の遊覧を楽しみました。 その後、今日から始まるナイル川クルーズの船、アマルコ2号に乗船しました。アマルコ2号は2004年に完成し、全室スイートルームの船で数あるナイル川のクルーズ船の中でも1・2の豪華さの船です。 そして、これからの舞台になるナイル川はアフリカ大陸東北部を流れ地中海に注ぐアフリカ最長級の河川で長さ6,650kmの大河です。この沿岸部で エジプト文明が起こり発達しました。 私たちはこの歴史に所縁ある川を最新鋭のアマルコ2号でクルーズをします! 夜には船内で、エジプト南部アスワンあたりからスーダンにかけてのヌビア地方と呼ばれる地域に住む人達のヌビアンショーも楽しみましたネ。
- イシス神殿
- ヌビアンショー
- 6日目
- 2月24日
- 早朝アスワンからコムオンボへ船は出発。到着後、コムオンボ神殿の見学に行きました。 コムオンボは、アスワンから北へナイルを46km下った東岸にある町です。地名はアラブ語でオリンポスの丘という意味で、かつてはオリンポスと呼ばれていました。コムオンボの神殿は、町の中心から4km離れた丘の頂上に建っています。神殿はプトレマイオス朝時代に建てられ、ローマ皇帝アウグストゥスの時代に完成しました。一見したところ、ギリシアのアクロポリスのような印象を受けるのはそのためでしょう。 コムオンボ見学後は船に戻り、船は次にエドフへ向け出航しました。 エドフ着後、馬車に乗ってホルス神殿へ。 エドフの町はナイル川の両岸にまたがっていて、西岸のほうが発達しています。グレコローマン時代には、上エジプトの州都として栄え、アポリノポリス・マグナと呼ばれていました。西岸にあるホルス神殿は、エジプトの数ある遺跡のなかでも最も保存状態が良く、高さ36mという巨大な塔門はシンボルになっています。この神殿の主であるホルス神の像のレリーフが建て物のあちらこちらで見れるのも特徴です。 エドフ観光後は船に戻り、アラビア語の書道を楽しみましたネ。 夜は、カクテルをいただきながらアマルコ2号の船長さんのご挨拶を聞き、その後、ガラベーヤパーティーも楽しみました!
- コムオンボ
- ナイルの夕日
- 7日目
- 2月25日
- この日は早朝エスナの水門を通過しました。上手に狭い運河を通過する様はとても印象的でしたネ。 そして、この日は朝ルクソールに到着し、終日ルクソールの観光でした。 午前はルクソールの西岸を訪れました。 全ての墓が紀元前1650年頃から紀元前1365年くらいの新王国時代に、岩を掘って造られた王家の谷の見学。中でもトゥトアンクアムン(ツタンカーメン)のお墓は興味深いものでした。次に、エジプト初の女王ハトシェプトを祀る、ハトシェプト女王葬祭殿へ。岩山の岩盤にへばり付くようにある柱の沢山ある建築物はとても美しかったです。またその後、王妃の谷にあったラムセス2世の妃のネフェルタリの墓、大きな座像メムノン巨像も見学しましたネ。 午後はルクソール東岸の見学へ。 エジプト最大規模のカルナック神殿では、スフィンクスの山道や大列柱室の大きな柱に圧倒されました。 そして最後に町の中心にあるルクソール神殿を見学しました。入り口にあるオベリスクがとても印象的でした(元々は2本のオベリスクがありましたが、もう一本は現在パリのコンコルド広場にあります)。 夜は船内で、ベリーダンスのショーも楽しみましたネ。
- ルクソール王家の谷
- ツタンカーメンの墓
- 8日目
- 2月26日
- この日朝、3泊4日の船の旅が終わりでした。下船後、ルクソール空港からナイルエアーの飛行機でカイロへ飛びました。 到着後、ランチの後パピルスの店を訪れました。 パピルスは古代エジプト時代から使用されていた紙のような物です。パピルスの草を適当な大きさに切り水に浸します。薄茶色い汁が出て、へなへなになった芯は茶色く変色します。三角のピラミッド型をしている茎の皮をむいて、内側にある白い芯を薄く切ります。麻布の上に縦一列にパピルスを並べその上に横一列にパピルスを重ねます。それを、綿棒でコロコロと繊維をつぶすように延ばします。さらに、上に麻布をかけ木槌または石などで叩いたり足で踏んだりすると樹液が出て紙のようになります。これが、古代エジプトからの製法です。 さて、この日のホテルはピラミッドが見えるホテルでした。今から4500年前、古代エジプト王国第四王朝時代に造られたピラミッドがあるギザ地区に宿泊しました。 明日はツアーの最終観光日、カイロ、ダハシュール、サッカラの様々なピラミッドの見学に参ります!
- 旅も終盤、カイロへ戻ります
- パピルス
- 9日目
- 2月27日
- 朝、ピラミッドの「日の出」特別鑑賞へ。私達しかいなかったパノラマポイントから''ギザのピラミッドと登る太陽''を鑑賞。とても幻想的な景色でした!! その後、ギザ3大ピラミッドの高さ143mカフラ王のピラミッドと65.5mのメンカウラー王のピラミッドの見学。さらに、一番有名なクフ王のピラミッドを訪れました。このピラミッドは本来の高さは146mでしたが、現在は頂上部分が無くなったため137mの高さです。クフ王のピラミッドは内部の見学もしました。そして朝最後の観光は、人面獣身で有名なスフィンクスを訪れました。 さて、このピラミッドですが、ピラミッド建設は農閑期の失業対策の一つで公共事業の役割を担っていたそうです。 午後はギザ郊外へ。最初は2つのピラミッドがあるダハシュールへ。高さ、105mの真ん中(下から50mぐらい)の地点で角度が変わっている、屈折ピラミッド、赤っぽい石が使われている赤のピラミッドの見学。続いてサッカラへ行き、エジプトのピラミッド建設の第一歩をしるしたといわれるジォセル王の階段ピラミッドも訪れました。 そしてこの日の夜、後ろ髪をひかれつつエジプトを後にし、空路トルコのイスタンブールへ。
- ピラミッドと日の出
- スフィンクス
- 10日目
- 2月28日
- 今回の旅はカイロから始まり、アスワン→アブシンベル→アスワン→コムオンボ→エドフ→ルクソール→カイロとエジプトをほぼ一周りしました。カイロのツタンカーメンのマスク、ナセル湖から眺めたアブシンベル神殿、アスワンのホテル「オールドカタラクト」、そして全室スイートルームのクルーズ船「アマルコ2号」で訪れたナイル川沿いの町々、どれもとても印象深いものでしたネ。 私達の国日本から遠く離れたエジプト。人、言葉、文化、習慣、宗教、国民性などなど数え切れないほどの沢山の違いを体験し、思い出深い旅になりました。 日本がまだまだ寒い中訪れたエジプト、暖かい日!?暑い日!!!もありましたが、体調など大きく崩すことなく皆さまで無事帰国できることとても嬉しく思います。また旅の途中でいたらない点がありましたこと、この場をおかりしてお詫び申し上げます。10日間の旅ほんとにどうも有難うございました。 旅の一行はイスタンブールで航空機を乗り継ぎ成田へ!そして無事に帰国。 また、何処かの国でお会いできましたら嬉しく思います!!!
- 帰国の途へ
条件を指定して添乗レポートを探す
カタログや新聞に掲載のコース番号や国名・都市名、添乗員の名前などで検索いただけます。
※添乗員の名前で検索される場合は、名字と名前の間に全角スペースを入れてください。
ありふれたツアーでは物足りない。思い出に残る旅がしたい。クリスタルハート海外旅行は、そんなお客様の声にお応えいたします。イタリアやスペインなどヨーロッパから、アジア、南米まで豊富なツアーをご用意しております。