ココがあのシーンに使われた撮影地!映画【関ヶ原】ロケ地巡りへ!♪ ~天寧寺編~

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2017年9月22日
カテゴリー:近畿 | 滋賀県

ココがあのシーンに使われた撮影地!映画【関ヶ原】ロケ地巡りへ!♪ ~天寧寺編~

みなさま、こんにちは。前回、紹介させていただいた映画【関ヶ原】のロケ地1つ目の『金剛輪寺』さまは、いかがでしたでしょうか?

(⇒前回のブログ「ココがあのシーンに使われた撮影地!映画【関ヶ原】ロケ地巡りへ!♪ ~金剛輪寺編~」はコチラ)

今回は、現在放送中の歴史ドラマでも注目を浴びる"井伊家"ゆかりのお寺でもある、彦根『天寧寺(てんねいじ)』さまを紹介させていただきます!

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映画【関ヶ原】の序盤での非常に印象的なシーン"豊臣秀吉と石田三成が出逢った場所"の撮影地として、監督に抜擢された『天寧寺』さま!

こちら天寧寺さまでも、前回のブログで紹介させていただいた金剛輪寺さまのときと同様、総勢100名ほどのスタッフさんが来られ、五百羅漢が安置されている【羅漢堂】の中はスタッフの方でいっぱいだったそうです。

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1つのシーンをあらゆる角度から何度も何度も撮影を行い、撮影は朝から晩まで続いたそうで、「素晴らしい作品を世の中に送り出したい」といった気持ちが伝わってくる雰囲気が漂う撮影現場。

「監督さんをはじめ、キャストさん・スタッフさんが一丸となって挑む姿には心が動かされた」と、ご住職は仰っておられました。

そして、その印象的な撮影場所がコチラ!

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映画をご覧になられた方!すぐに思い出していただけたのではないでしょうか。

その印象的なシーンを再現するため、少し長椅子を移動させていただき体験させていただきました!その様子がこちら!

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先程の写真で思い出されなかった方も今度は『あぁ~っ!』と声を出されたのでは?

天寧寺さまは、実際に秀吉と三成が出逢った場所ではございませんが、ご住職のお話によると監督さんは2~3度足を運ばれ、この五百羅漢を目の前に豊臣秀吉と石田三成が出逢う印象的なシーンはココで撮る!と心に決められたそうです。

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では、映画をまだご覧になられていない方への情報として、秀吉と三成の出逢いのきっかけとなった逸話『三献の茶』のお話を少しだけさせていただきます!(歴史がお好きな方は既にご存知の方も多いと思いますが)

ある日、長浜城主であった豊臣秀吉は領内で鷹狩をしており、その帰り道に喉が渇き、とある寺に立ち寄って茶を所望したそう。その時、対応したのが石田三成(当時の幼名:佐吉)。

まず最初に大ぶりの茶碗に温めの茶をいっぱいに淹れ差し出した。喉が乾いていた秀吉は、それを一気に飲み干したあとに『もう一杯!』と所望した。

次に佐吉が差し出したのは少し小さめの茶碗に先程より少し熱めの茶を半分くらいの量で淹れ、差し出した。

秀吉が試しにもう一杯所望したところ、三杯目は小ぶりの茶碗に舌が焼けるほど熱く点てた茶を差し出した。

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※茶碗の復元(実際に秀吉と三成が出逢った場所である、石田三成ゆかりのお寺『長浜 観音寺』さまにて撮影。)

このように、「相手の様子を見ただけで、その人が求めるものを差し出す"佐吉の機知"を秀吉は大いに気に入り、佐吉を召し抱えることとなった」といった逸話が残っており、ちょうどそのシーンがここ、天寧寺さまで撮影されました。

ゆくゆくは五奉行の一人となる石田三成。この時の出会いが無ければ関ヶ原の戦いはどうなっていたのだろう??と、ふと考えてしまいました。

さて、冒頭でもお伝えさせていただきましたが、こちらの天寧寺さまは、現在放送中の歴史ドラマで注目される"井伊家"の歴代藩主が心のよりどころとした個人の思いが色濃く残る私的なお寺だそうで、前身は関ヶ原の戦い後に彦根の地に入った初代藩主である井伊直政が生母の供養のため、その戒名『秋芳院殿蘭庭宗徳大姉』から【宗徳寺】と名付けられたお寺でした。

その後、井伊家藩主の菩提寺として代々受け継がれてきたようです。

元々、彦根城下にあった【宗徳寺】ですが、井伊直弼公の父である直中公の時代、様々な出来事の懺悔と供養のため五百羅漢を彫らせるにあたり、城下から彦根城の東に位置する佐和山の中腹に移築し、本堂として新たに建立されました。

こちらが、その宗徳寺です。

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そして、こちらの天寧寺さまは「井伊家ゆかりのお寺でありながら、石田三成にも深く関係していた」といったお話もございました。

なんでもその当時、彦根の町にあった7つの寺社仏閣(井伊家が建立)では御本尊さまに手を合わせると、必ずその奥にある佐和山城に手を合わせていることとなり、その意味としては関ヶ原の戦い後、処刑を余儀なくされた石田三成だけでなく親族も窮地に追い込まれ、佐和山の裏手にある谷に石田一族が身投げをされたそうで、当時、佐和山城主を務めていた石田三成、そして自ら命を絶たざるを得なかった、石田一族の無念に対して鎮魂と供養の意味を込め、佐和山城に手を合わせられるようにと考え、建立したと言われているそうです。

井伊家建立の彦根にある7つの寺社仏閣

1. 長寿院
2. 井伊神社
3. 龍潭寺
4. 清涼寺
5. 仙林寺
6. 千代神社(※現在は移転されています)
7. 天寧寺

7つの寺社仏閣を建立した井伊家。東軍の総大将徳川家重臣であり、もちろん関ヶ原の戦いでは東軍についていた井伊直政ですが、敵である西軍の石田三成・石田一族に対して、そのような温かい気持ちでいらっしゃったとは。。。

ご住職のお話で当時の武将たちの心模様を知ることができ、非常に感慨深い気持ちになりました。

このお話は、ほんの一部。天寧寺さまには、まだまだ長い歴史と様々なお話がございます。

ご住職、奥さまが彦根の歴史や井伊家・石田家のお話を分かり易く丁寧にご説明してくださいます。

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ご不在のこともございますが、訪れられた際には是非お話を聞いてみてください。

秋には"萩の花"が咲く天寧寺さま。心地よい行楽シーズンを迎える今、是非訪れていただきたいお寺のひとつです!

次回は、西軍が本拠地とした大垣城にみたてたシーンや、関ヶ原の戦い後に大津城で三成が捕まっているシーンを撮影した彦根城をご紹介いたします。

お楽しみに!

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