ポーランドの小ローマ−サンドミエジュ
サンドミエジュは、ポーランド南東部の人口約26000人ほどの小さな町です。
古くからヴィスワ川を使った小麦やライ麦、岩塩、琥珀原石などの交易が発達し、
中世の時代はクラクフとならび、マウォポルスカ地方の中心都市として栄えました。
7つの丘の上にあることから「ポーランドの小ローマ」と呼ばれています。

旧市街のオパトフスカ門は14世紀に築かれた要塞の門で、元々4つあった門のうち、
この門だけが現在まで残っています。門の上に上ると旧市街を一望できます。
広場の中央に白く目立つ建物は、旧市庁舎(ラトシュ)で、14世紀にゴシック様式で建設され、
その後ルネッサンス様式で増築されました。夏にはオープンカフェが並びにぎわう場所です。

サンドミエジュ城は10世紀に由来します。14世紀のカジミエジュ大王の時に
レンガ造りでの建築が完了し、さらに16世紀にはルネッサンス様式で大改装されました。
しかし残念ながら17世紀のスウェーデン軍の襲来で、サンドミエジュ城は
町ともども完全に破壊されてしまいました。
その後ラドムやキエルツェ、タルヌフなどの周辺都市が近代に工業化して人口も増えたこともあり
サンドミエジュの町はそれ以上発展せず、小規模の文化都市としての位置を保っています。
サンドミエジュには宗教都市としての顔もあります。
古来より芸術家や文化人が集う文化都市であったためか、町には古い教会が沢山あり、
とりわけ聖ヤコブ教会は13世紀建築のもので、ポーランド最古の教会の一つです。
近年は、ローマ法王ヨハネ・パウロ二世がポーランドに凱旋した際には、
郊外の広場で50万人もの聴衆を集める屋外ミサが開かれた場所としても記憶に新しい所です。
サンドミエジュは日本ではあまりその名前が知られていませんが、
ポーランドをはじめ周辺のヨーロッパ各国では、「知る人ぞ知る」穴場の観光地です。
見所は旧市街に集中しているため、日帰りでも十分見られます。
バスでクラクフから4時間、ルブリンからは2時間ですので、合わせての見学も可能です。
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現地記者:ヴァシレフスカ・サチコ
2003年東京大学大学院終了 生命科学修士
同年4月ポーランド人の夫と結婚、ポーランドに移住
ポーランドにてフリーライターとして活躍
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