国際共通語の考案者ザメンホフの足跡
国際共通語エスペラントをご存知でしょうか?
ポーランドのユダヤ系眼科医ザメンホフが、今から100年余り前に、
世界共通語として考案した人工国際語です。

[写真]ルドヴィコ・ラザロ・ザメンホフ
ルドヴィコ・ラザロ・ザメンホフは、1859年ビャウィストクのユダヤ系医師の家系に生まれました。
当時のビャウィストクは帝政ロシア領で、街にはロシア人、ポーランド人、ドイツ人、ユダヤ人など、
互いに民族、宗教、言語の異なる人々が住んでいました。
互いに言葉が通じないことから、ビャウィストクでは住民同士のいさかいが絶えず、
少年時代のザメンホフは、言葉が通じないことのわずらわしさを日々肌で感じていました。
「民族に中立な共通語を作れば、民族集団の間で相互理解が進み、憎しみや偏見がなくなる。」
と考えたザメンホフは、ついに1887年に人工国際共通語エスペラント語を提案しました。
エスペラント語は、文法や発音の簡易さなどから、発表されるや否や、
世界中から多くの支持者を集めました。話者は現在およそ100万人にのぼり、
毎年夏には世界エスペラント大会が開かれ、文化交流会や国際会議などを行っているほか、
インターネットの世界でも、エスペラント語でのチャットやフォーラムなどが盛んに行われています。



[写真]世界エスペラント大会の様子
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ザメンホフの足跡は、生誕地ビャウィストクと、青少年時代からの半生を過ごしたワルシャワ、
そして隣国リトアニアのカウナスやドルスキニンカイ近郊にて辿ることができます。
ビャウィストクはポーランド北東部最大の街で、ワルシャワから特急列車で3時間ほどです。
ザメンホフの生家は残念ながら現存していないのですが、かつて生家があった場所に、
ポーランド語とエスペラントで、「ここに、エスペラントの創始者ザメンホフの生家があった」との
説明プレートが飾られています。また近所の公園にはザメンホフの胸像もあります。

[写真] ビャウィストク市にあるザメンホフの胸像

[写真] ザメンホフの生家跡
ワルシャワ旧市街北のユダヤ人共同墓地には、ザメンホフとその家族のお墓があります。
墓地の最寄のバス停は、ザメンホフにちなんで「エスペラント」という名前になっており、
「エスペラント」行きのバスに乗れば、この墓地に簡単にアクセスできます。
またワルシャワ旧市街の北東、ムラヌフ地区のザメンホフ通りには、ザメンホフの住居跡があり、
建物側面の記念パネルに、ここがザメンホフの住居跡であった事が記されています。

[写真]ワルシャワのザメンホフ通り
このムラヌフ地区というのは、歴史的にユダヤ人が多数住んでいた地域で、
そのため、1939年に第二次世界大戦が始まり、ワルシャワがナチス・ドイツ軍に占領されると、
このムラヌフ地区を中心に、ワルシャワ・ゲットー(ghetto)が設けられました。

[写真]ゲットー蜂起記念碑
ザメンホフ自身は1917年に亡くなったので、第二次世界大戦の悲劇は経験していませんが、
息子アダムと、二人の娘リディアとゾフィアは、ワルシャワに住んでいた他のユダヤ人同様、
ホロコーストの犠牲になり、絶滅収容所の露と消えました。
ユダヤ人、ポーランド人、ドイツ人、ロシア人など、互いに言語や宗教が異なる民族の、
相互理解、そして平和共存を願ってやまなかったザメンホフですが、皮肉なことに、
自らの子孫がホロコーストの犠牲になり、またその名を冠したザメンホフ通りこそが、
同胞のユダヤ人を、ゲットーから絶滅収容所へと導く道となってしまったのでした。
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ビャウィストクやカウナスなど、ポーランド・ロシア・リトアニア隣接地域、
すなわち帝政ロシア時代のユダヤ教徒居住区であったグロドノ県一帯からは、
ザメンホフのほかにも、マックス・ヴァインライヒ、ウリエル・ヴァインライヒ、
エリエゼル・ベン・イェフダーなどのすぐれた言語学者が数多く誕生しています。
それゆえ、この地域の民族共存の歴史と、言語学との関係も研究されています。
エスペラント語の創始者ザメンホフについても、その人生観や考え方に触れることで、
ポーランドの民族史や民族性について、よりいっそう理解を深めることができるのではと思います。
折りしも、今年の世界エスペラント大会の開催地は日本です。
8月4日(土) 〜 11日(土)まで、横浜市のパシフィコ横浜他の会場で開催されます。
日本での世界大会の開催は、1965年の東京大会以来、実に42年ぶりのことです。
また再来年の2009年には、地元ポーランドで開催されることが決定しています。
世界大会では、各国の伝統芸能や民族文化の紹介、経済会議や女性運動会議など、
大小実にさまざまな会合が催され、通訳のいない国際会議が実現されます。
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現地記者:ヴァシレフスカ・サチコ
2003年東京大学大学院終了 生命科学修士
同年4月ポーランド人の夫と結婚、ポーランドに移住
ポーランドにてフリーライターとして活躍
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