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2008年07月14日
カテゴリー:北米・中南米 | メキシコ

世界遺跡の16世紀初めの修道院跡

メキシコの世界遺産の中に「ポポカテペトル山麓の16世紀初頭の14の修道院跡」というのがある。


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写真の説明:ポポカテペトル山 5400mのメキシコで2番目に高い山 活火山である 
        この山麓はポポカテペトルの山の恵みで、豊かな土地で、昔からの農業地帯である。


メキシコのアステカ王国がエルナン コルテスに征服された時から、スペインからのカトリックの布教をする修道士達が、彼らのとっての新天地メキシコにどっとやってきた。


なんせ彼らは、邪教を持つ先住民を正当なカトリックに改宗しなければという大名目をもってメキシコにやって来たわけだ。
そしてその目的のために、先住民のいる地には、どんな所であろうと入り込み、瞬く間に立派な教会・修道院をバンバン建設していった。


だから、メキシコのあらゆる地のあらゆる村にも古い教会修道院跡がある。


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写真の説明:トラヤコパンの教会修道院跡
        ここの修道院跡は博物館になっている。そこには、スペイン人のミイラも展示されていた。


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写真の説明:この日は、タラヤコパンの教会の祭りであった。村祭りには、必ず酒があり、
        人々はだいぶ出来上がっている風であった。


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写真の説明:トトラパンの教会修道院跡


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写真の説明:トトラパンの修道院跡の中庭


植民地時代の教会の特権的力、財力は、絶大なものであった。
その修道院活動、また教会の特権階級的政治力は、植民地時代、そしてなお独立後も続いていた。


そして、メキシコ歴代大統領の中でもっとも尊敬されているベニート ファーレス時代の1847年の改革憲法による政治によって、修道院活動は全面的に禁止された。
隠れて修道生活を続けていた修道女の修道院(プエブラ市のサンタ モニカ修道院)は、その後70年も続いたなんてのもあるが。


改革政治によって、接収された修道院の多くはその後、多くは放置された、また、その後には、博物館などになっている。


教会の部分は、もちろんその後も使われ続け、いまなお、村の中心の最も重要な教会として使われている。


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写真の説明:アトラトラワカンの教会修道院跡


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写真の説明:アトラトラワカンの教会修道院跡
        この時代の特徴である野外礼拝堂の壁と天井の壁画、
        ここだけ無く多くの修道院には壁天井が総面壁画が描かれていたようだ。
        ここはアグスティン派の修道院跡で、その派の系統図のようなものが描かれている。


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写真の説明:アトラトラワカンの教会の正面の穀物で描かれた絵
        この地方では、この教会だけでなく他の教会なども、この穀物で毎年絵を描くらしい。


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写真の説明:アトラトラワカンの教会の正面の穀物で描かれた絵 部分


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写真の説明:アトラトラワカンの教会の正面の穀物で描かれた絵 部分 色んな穀物が使われている。


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写真の説明:アトラトラワカンの教会修道院跡
        境内の四方の隅に、posas礼拝堂と言う小さな建物があるのがやはりこの時代の
        特徴である。これは、巡礼者が、4つの礼拝堂でお祈りをして回ってゆくというもの。
        多くの修道院跡ではもう、無くなっている。


世界遺産に指定された修道院跡というのは選ばれてという事になるのだろうが、メキシコの何処に行っても、それに匹敵する教会修道院跡というのは、あっちこっとにあると言えると思う。


去年、日本大使館の後援で、メキシコでメキシコの文化、遺跡研究、教会などの文化研究に携わる若い日本の研究家達が、無料公演会をしてくれた。


その中で、植民地時代の教会修道院芸術についてのお話もあった。
興味深く公演を聴いたが、教会芸術を理解するには、やはり、カトリックなどのキリスト教をもっと理解しないと。。。。。
という思いがした。


まあ、それは兎も角として。
この14の修道院跡のうち、クエルナバカなどのカテドラル教会になっている所は、結構、日本からの観光の人も違う意味もあって(教会の壁画に 日本の長崎の26聖人の殉教の絵がある。)か?訪ねる人も多いが、その他、テポソトランの修道院跡も、テポソトラン自体が今観光地になっている事もあって、外国の観光客も多く訪ねるようだが、その他の修道院跡は、世界遺産であるにもかかわらず、あまり訪れないようだ。


実は、私も行った事がない修道院跡がほとんどで、「教会芸術を理解する」に刺激された事もあって、出かけてみた。


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写真の説明:ジェカピスツラの教会修道院跡
        大概境内の庭に、十字架がある。
        ここの十字架の下の部分に矢に刺された心臓が描かれている。
        アグスティン派のシンボルでもあるらしい。


カトリックの教会の絵や彫刻などのシンボルに心臓が描かれているをよく見かけるが、これだけみたら、まるでアステカ時代の生贄の心臓を想像してしまうのは私だけか?
宗教の何処かに共通する事があるのかも?それとも、カトリックがアステカの宗教に学んだ?な〜んて?


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写真の説明:ジェカピスツラの教会修道院跡 
        修道院跡の中庭の回廊の絵


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写真の説明:ジェカピストラの教会、教会は信者の信仰の場所。
        メキシコのほとんどの人は、植民地時代押し付けられた宗教であるが、
        今も熱心な信者である。


国も国立人類学歴史研究所も、金、予算がないというのか、あまり保護にお金をかけていないようで、
修道院跡が、倉庫状態、放置状態の所も多かった。
中には、人類学歴史研究所の人が修道院の壁画の修復をしていたところがあって、その人に
別の修道院も修復するのか?と聞いたら、金次第との事だった。

 
まあ、そういう事だろうね。なんせ金だ!世界遺産保護も。


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写真の説明:テテラ デ ボルカンの修道院跡
        回廊の壁画の修復をしていた。



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現地記者:サッチー
メキシコに語学留学後、1977年に渡航。
のべ28年間メキシコ生活。
現在、観光ガイドの仕事をしている
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