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2008年6月25日
カテゴリー:北米・中南米 | メキシコ

革命の英雄 サパタの生涯を訪ねる旅

メキシコの歴史を紐解くと、過去に辛い戦争の歴史が繰り返されている。
それは、スペインのメキシコ先住民征服戦争(1521年)独立戦争(1810年)米墨戦争(1847年)フランスの侵略戦争(1862年)そして、革命戦争(1910年)2年後2010年は、独立200年祭、革命100年祭との事で、政府は記念日を祝うイベントを計画と。


メキシコ革命での戦いで活躍した革命の英雄達。
その英雄達、権力を握る事ができた者もできなかった者も、最後は、皆暗殺された。
メキシコ人に最も愛されている革命の英雄は誰か?
それは、権力を握る事ができなかったけれど、貧しい出身であったけれど、下層の大衆の人々とともにあったエミリアーノ サパタとパンチョ ビージャ。


そのサパタの生涯を訪ねる。


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写真説明 : サパタの生家の博物館資料 サパタ


サパタは、モレロス州の田舎の農民の子として生まれた。
モレロス州は、昔から農業が豊かにできる地であるが、植民地時代は、先住民と、アフリカから連れてこられた黒人が、サトウキビの荘園で奴隷として働かされた。


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写真の説明 : モレロス州は、メキシコでももっとも農業に適した豊かな地である。
        サパタが活躍した地、モレロス州


独立後さえ、それは奴隷と言わずとも、同じような条件で、多くの農民が自分の土地さえなく農奴として
植民地時代からの荘園に縛られ働かされていた。
悲しい事にメキシコの歴史は、長く、長く支配者と被支配者とからなる社会から成り立っていた。
そして、今はあまりにもの貧富の差という形の社会である。


革命前のメキシコ社会は、ポリフィリオ ディアス大統領の独裁政治で、やはり、一部の豊かで支配する人々と、多数の貧しい支配される人々からなる、大変不公平な社会であり、恐怖政治が行われていた時代であった。


1910年、フランシスコ マデロが立ち上がり、その後、北で、南でと革命家達が、不満を持つ大衆を動かし立ち上がった。
メキシコの南部で立ち上がったのが、エミリアーノ サパタであった。


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写真の説明 : サパタの活躍したこの地の村々には、必ずサパタの像がある。


サパタは、モレロス州のアネネクイルコ(Anenecuilco)と言う村で1879年に生まれた。
その彼の生家は博物館になっている。
生家は、アドベの壁が残っているだけだが、修復中であった。


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1911年3月サパタは農民を率いて立ち上がった。
そして、11月28日にアラヤ村でアヤラ計画が立てられる。
それは、「その手を使って働いた者に土地を返そう!」という。
"Tierra y Libertad"「土地と自由を!」と言うスローガンのもと。


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写真説明 : サパタの生家の博物館の庭にあるサパタの生涯を描いたロベルト ロドリーゲスの壁画


Tlatizapanの精米工場があった場所に南部解放戦線 作戦本部を設置した。
その場所が博物館になっている。


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写真の説明 : サパタ軍の作戦本部の場所は今は博物館


カランサが政権を握った後も、サパタは南部で、彼の目的である農地解放をしない政治に対して、カランサ政権に反抗して、農民運動を続ける。
カランサのサパタ暗殺の指令のもと、グアハルドは、サパタの信頼を得、サパタとChinamecaの荘園で会う約束をする。
荘園の門を通り抜けた時、待ち伏せしていたグアハルドの襲撃で、暗殺される。
1919年4月10日の出来事である。サパタは39歳であった。


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写真の説明 : チナメカの荘園の門跡、この場所でサパタは暗殺された。
       門の壁に弾丸の跡が残こっている。


メキシコの歴史の中で、サパタは常に、メキシコ革命の不滅の英雄である。
サパタの願い、農業をする者に土地を!は、革命戦争後のラスロ カルデナス大統領の時代に
農地解放という事でエヒード制度が実行された。


だが、それは完璧な農地解放であったとは言いがたいのかもしれない。
今なお、大農場主もいるが、多くの農民は貧しい農業を強いられている。


そして、チャパス州の先住民の農民達が、1994年1月1日、北米自由貿易締結の年、武器を持ち反政府集団として、立ち上がった。それは、サパタ国家解放軍と名乗った。


彼らは、決して、いわゆる一般市民を巻き込むテロ集団とは違う。
あくまでも自分達の権利を主張する、そして生活向上を願っている、社会改革を願っている人々である。
彼らの事をサパティスタという。サパタ主義者と言うところか。


サパティスタが蜂起してから、14年の歳月が過ぎたが、何の問題解決もされていない。
今、武器を持ってメキシコ軍隊と戦っている訳ではない、彼らは自分達の自治区で、自分達の向上を願う集団として生活している。
だが、メキシコ政府は、何とかこれを、潰したいという意思があるのが見え隠れする。


メキシコの先住民を含める農民の多くは貧しい。
サパタの理想は、願いは、今なお、農民の進行形の願いであるようだ。


追記
 モレロス州の観光ルートとして、サパタルートの言うのかある。
 サパタの生涯、革命の道を訪ねるルートである。  
 興味があれば、外国の観光客にはちょっとマニアックかもだが、面白いかもしれない。
 メキシコの田舎を訪ねる旅も、また別のメキシコを知る方法であるかもしれない。



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現地記者:サッチー
メキシコに語学留学後、1977年に渡航。
のべ28年間メキシコ生活。
現在、観光ガイドの仕事をしている
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