ジェレジャック島 島内ツアー編
前回はリゾートの紹介をしましたが、
ジェレジャック島は別名「マレーシアのアルカトラズ」と呼ばれているのです。
なぜかと言うと、1969年から1993年まで、この島には収容所があったからなのです。
それ以前からのジェレジャック島の歴史は長く、
1797年にペナンに初上陸したイギリス人、フランシス・ライトが、
ペナン上陸前の1786年に辿り着いていたのがこのジェレジャック島だといわれています。
1969年までは、漁業を営む島民が暮らす島でしたが、
収容所が出来たことによって、島民は島を出ることを余儀なくされました。
それからは収容所職員が住み始め、一般市民はこの島には上陸できなくなりました。
職員のために病院や幼稚園などが建てられたそうですが、
1993年に収容所が移転され、今は廃墟となっています。
今現在も民家は無く、リゾートがありますが、無人島と言っても過言ではありません。
そんな歴史のある島ですが、現在も車が走っておらず、
もちろん名所を回る道もないので、島内ツアーはボートで回ります。
リゾートから出発し、小さな砂浜で降りた所にある名所はロシア人墓地。
1914年の第一次世界大戦中、この島周辺でロシア海軍の2名がドイツ海軍と戦い命を落としたそうです。
実際に骨は眠っていないのですが、その勇敢さを称え記念碑が建てられました。

降りた砂浜の横には廃墟が。

記念碑。
毎年、ロシア海軍が団体でここを訪れるそうです。
次は立ち入り禁止地区なのでボートから眺めるだけでしたが、政府付属の造船所です。
主にマレーシア海軍の船の修理に使われているそうです。

とても大きな造船所です。

造船所の敷地内にあった教会跡。
教会の裏手にはクリスチャンの墓地があるそうです。
そして、最後は収容所跡。
今は使われていない桟橋にボートをつけ数分歩きます。

真ん中のレールは、物を運ぶのに使ったトロッコ用のレールだそうです。

収容所の一棟。

収容所の中。
現在は3棟しか残っていませんが、当時はこのような長屋が26棟あったそうです。
男子専用収容所で、一棟に50人収容されていました。
壁には女性の雑誌の切抜きや落書きなどが未だに残っており、
タイムスリップしたような感覚になります。
約1時間半のこの島内ツアー。
とても興味深く勉強になります。
ペナンはもちろんマレーシアの歴史を語る上で、とても重要な歴史がこの島にはあると思います。
ペナンにお越しの際は、この島内ツアーにぜひ参加してみてください。
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現地記者:Nasuha
1990年渡航。
のちにマレーシア人と結婚し現在に至る。
ペナン島の現地企業にて勤務。
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