歴史を学ぶ旅〜人類の負の遺産
今、日本人の海外旅行客の間で、「学ぶ旅」というのが流行っています。
ただ観光するだけではなくて、旅行先の国の歴史や風土を垣間見ることで、何かを学び、感じ取る旅。ただお買い物するだけ、ただリゾート地でただ休むだけではなくて、現地の人と交流し、異文化に触れることで、自分を高め、一歩成長する旅。そういう意義ある旅ができるのではないか、と考える人が増えているのだそうです。
クラクフへの旅行客が必ず訪問するのが、クラクフ郊外65Kmの町、オシフィエンチムにある、アウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所です。アウシュビッツAuschwitz はドイツ語の地名で、ポーランドでは「オシフィエンチム」と呼ばれています。クラクフの西70kmのところにあり、バスで1時間半ほどです。

悪名高いこの収容所は、第二次世界大戦中の1939年、ナチス・ドイツ軍によって設営され、ユダヤ人、ポーランド人、ロマ人など、ヨーロッパ中の28の民族が、収容され、強制労働された上、殺害された悲劇の場所です。「人類の負の遺産」として、ユネスコ世界遺産にも登録されています。

囚人棟は全部で28あり、中はきれいに改装されて、囚人の持ち物、ホロコーストの犠牲者の写真などの展示がされています。

10号棟と11号棟の間には、銃殺に使われた『死の壁』があります。 いつも花束やキャンドルが途絶えることがない、悲しみの場所です。

こちらは、アウシュビッツ収容所から3kmはなれた、ビルケナウ収容所です。入口の監視塔からは敷地を一望でき、その広さに驚かされます。一部の囚人棟はほぼ当時のままで残されおり、徒歩で自由に見学できます。

囚人たちはレンガ棚に腐ったわらを敷いた寝床に、ぎゅうぎゅう詰めに収容されていました。

死の門をくぐって、収容所内に鉄道の引込み線が引かれています。
アウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所を訪れる外国人で、最も多いのは、ドイツ人です。広大な収容所を一日かけて回り、ガイドの説明に熱心に耳を傾けています。自らの祖先が起こした戦争の悲劇を、自分の目で見て学びたいという強い意思が感じられます。
一昨年の1月27日には、アウシュビッツ解放60周年の式典が盛大に執り行われ、毎年1月27日が、ホロコースト記念日に設定されることになりました。また昨年は、ドイツ人のローマ法王、ベネディクト16世が当地を訪れ、祈りをささげたことが世界中で注目されました。
このアウシュビッツ=ビルケナウ歴史博物館を訪れ、戦争の悲劇を実際に自分の目で見ることで、何か、学び感じ取るものがあるのではないでしょうか?
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現地記者:ヴァシレフスカ・サチコ
2003年東京大学大学院終了 生命科学修士
同年4月ポーランド人の夫と結婚、ポーランドに移住
ポーランドにてフリーライターとして活躍
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