ポーランドと、もう一カ国を周る
「せっかく日本から一万キロの遠路はるばるヨーロッパ旅行に行くのだから、
一ヶ国だけでなく、二・三ヶ国見て周りたい!!」
誰もが思うことだと思います。
ではヨーロッパ旅行では、どの国とどの国の組み合わせがよいのでしょうか?
例えばポーランド旅行の場合、仮にここで、ポーランド訪問はもう決めているとして、
それではあともう一カ国は、どこを選んだらよいのでしょうか?
というわけで今日は、ヨーロッパ内でポーランドともう一カ国を周る、
というテーマで、お勧めの旅のプランをご紹介します。
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1. ショパンの足跡をたどる旅
−ポーランドの首都ワルシャワと、フランスの首都パリを訪ねる旅−
ピアノの詩人ショパンは、ご存知、ヨーロッパを代表する作曲家・ピアニストです。
ショパンは1810年ポーランド人の母とフランス人の父の間に生まれ、
ワルシャワ郊外にて幼少時代・青年時代を過ごしました。しかし1830年、ショパン20歳の時、
演奏活動でパリに向かった際、ポーランドで革命が起こったため(ワルシャワ十一月蜂起)、
ポーランドに帰れなくなり、その後二度とポーランドの土を踏むことはありませんでした。
ショパンのお墓はパリ郊外のペール・ラシェーズ墓地にありますが、その心臓だけは、
遺言により、ポーランドに持ち帰られ、ワルシャワの聖十字架教会に収められました。

[写真] ショパンの生家のあるワルシャワ郊外の村、ジェラゾヴァ・ヴォラ
ショパンは、父方のフランス語の姓を名乗り、パリで活躍したものの、
ポロネーズやマズルカなど、その作品には絶えず祖国ポーランドへの思いが込められていました。
ショパンの二つの祖国、ポーランドとフランスにて、ショパンの足跡をたずねる旅です。
夏のシーズン中は、はワルシャワのワジェンキ宮殿ほか各地にて、ショパンコンサートもお楽しみいただけます。
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2. レオナルド・ダヴィンチの作品を見て周る
クラクフ旧市街北、チャルトリスキ美術館所蔵の 『白テンを抱く貴婦人』 という油彩画は、
「モナ・リザ」、「ジネヴラ・デ・ベンチの肖像」とあわせ、ダ・ヴィンチが描いた三つの女性肖像画のひとつです。
ダ・ヴィンチの絵画は未完のものも多い中で、数少ない完成作品といわれています。

[写真] ダ・ヴィンチ作 「白テンを抱く貴婦人」
『ダ・ヴィンチ・コード』のヒットの影響で、世界中でレオナルド・ダ・ヴィンチの作品が再び注目されていますが、
ミラノ・フィレンツェ・パリなど、いわゆる「有名どころ」と並んで、実はポーランドでも、ダヴィンチの作品が見られるのです。
ミラノやパリで、長い行列に並んで見た後、クラクフ入りし、ゆっくり『白テンを抱く貴婦人』 を見るのはどうでしょうか?
「ダヴィンチ鑑賞〜イタリア・フランス・ポーランドを周る旅」なんて、とても意外で面白いと思います。
チャルトリスキ美術館では、ダヴィンチの作品のコーナーも込んでおらず、しかも木曜日は入館無料!
無料でダ・ヴィンチの作品が見られるのは、世界中探してもクラクフくらいです!
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3. ポーランドのクラクフ・ワルシャワ、ドイツのベルリン・ポツダムを訪れる旅
映画「シンドラーのリスト」の舞台クラクフと郊外のアウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所、
「戦場のピアニスト」の舞台ワルシャワ、ドイツのベルリンとポツダムを訪れる旅です。
被害者となったポーランドと、加害者となったドイツの両方を訪れ、戦争の残した傷跡について考えます。
ポツダム会談が行われたツェツィリエンホーフ宮殿は、日本の戦後史とも大変関係の深い場所です。

[写真] ワルシャワ、ワルシャワ蜂起記念碑
このプランでは、航空機でクラクフ入りし、クラクフ(アウシュビッツ)→ワルシャワ→ベルリンと周るのが、一番効率的です。
クラクフ→ワルシャワ、ワルシャワ→ベルリンの移動は、特急列車で3〜5時間ほどです。
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4. アンネ・フランクの足跡をたどる旅
アンネ・フランクは、1929年、ドイツのユダヤ人の家系に生まれました。しかし第二次世界大戦が始まったため、
一家は戦火を逃れて、オランダへ移住し、逃亡生活に入りました。そのときに記したとされる作品、
『アンネの日記』は、各言語に翻訳され、世界中でベストセラーとなっています。
アンネ一家は隠れ家で2年間の逃亡生活をおくりますが、ついにゲシュタポに逮捕され、
ポーランド・クラクフ郊外のアウシュビッツ=ビルケナウ収容所に送られました。
アンネはさらに、姉のマルゴーと共にドイツのベルゲン・ベルゼン強制収容所に送られ、そこで短い一生を終えました。

[写真] ポーランド・クラクフ郊外、アウシュビッツ=ビルケナウ収容所
アムステルダム・プリンセンフラハト263番地にあるアンネ・フランクの隠れ家、
そしてクラクフ郊外のアウシュビッツ=ビルケナウ収容所を訪ね、
実際にアンネが辿った道を、もう一度自ら辿ることで、戦争の悲劇が、
アンネという幼い少女の一生をどのように変えてしまったのかについて、考える旅です。
この旅のプランでは、KLMオランダ航空の利用が便利です。
アムステルダム経由ワルシャワまでの飛行機を買い、
クラクフへはワルシャワから電車で往復するのがいいでしょう。
また時間があれば、ドイツのベルゲン・ベルゼン強制収容所もあわせて訪れるのがよいでしょう。
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現地記者:ヴァシレフスカ・サチコ
2003年東京大学大学院終了 生命科学修士
同年4月ポーランド人の夫と結婚、ポーランドに移住
ポーランドにてフリーライターとして活躍
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