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2007年05月05日
カテゴリー:ヨーロッパ・アフリカ | ギリシャ

ギリシャ女性とプリーカ(持参金)

日本でもそうでしたが、昔は、ギリシャでも男の子が望まれていました。やはりギリシャも男社会だったんです。


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昔は、子供が生まれて女の子だった時、医者さんの第一声は・・・「残念ながら、女の子でした。」だったという話も聞きました。今だったら、女性差別だなんだと大変なことになりますね。昔は羊水検査も、超音波もなかったですから、性別は生まれるまで分からなかったわけです。このお医者さんの言葉は当時の社会を象徴していると思います。
ギリシャでは、昔(といっても数十年前まで)、プリーカという習慣がありました。女性は、お嫁に行く時に、プリーカと呼ばれる多額の持参金や財産(家、土地、現金、家畜、畑などの資産)を持って行かなければならず、それが少ないと、嫁入り先からずっといびられる(肩身が狭い?)羽目になると言われていました。これは、もともと、嫁ぎ先での嫁の立場を保護するためのものだったらしいです。だから、女の子を持った家は、嫁入り先での娘の幸せのために、必死に蓄財しなければなりませんでした。男兄弟がいる場合、姉妹を先に結婚させるのが優先だったようです。現代では、もう、その習慣も過去のものとなっているようで、娘さんを持つご両親としては、ホッとしていることでしょう。

嫁入り道具として、昔は、自分で作ったレース編み、織物、手の込んだ刺繍の布小物など(シーツ、タオル、枕カバー、テーブルクロスなど)の手芸品を、持っていく習慣がありました。


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実用というよりは、ほとんど、人に見せるための物ですから、不器用な女性には辛い習慣だったろうと思います。田舎では、一般公開するために、窓に飾られていたという話も聞きました。うちにも、旦那のおばあさんが作った枕カバーや、お義母さんが刺繍した鳥の額縁、叔母さんの刺繍したクッションカバーなどがあります。どれも温かみがあって素敵です。電化製品や既成の食品などもなく、こういった古い習慣に縛られて、昔の女性は大変だったなあ・・・と感慨ひとしお。今の自分の恵まれた環境に感謝するのみです。だって、我が家は娘二人。昔だったらどうなっていたことやら。

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現地記者:kiyomulan
2001年に渡航。ギリシャ人の夫と結婚。
現在はアテネ海外ウェディング・コーディネーター兼通訳を行っている。
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